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快適研究コラム「森の吸血鬼」

 日本の夏の贅沢、「ひぐらし」の大合唱。カナカナカナカナ……。この世に、これほどに美しい音色があるだろうか。森の中で降り注ぐ、物哀しい響きに包まれていると、頼りない子供時代の夕暮れにタイムスリップした気分になる。日本人の脳は、虫の声や川のせせらぎの音を、とくに情緒的に感じるようにできているそうだ。
 カナカナカナカナカナカナ……。あ~、気持ちいい。何というしあわせ、素敵な8月の高原。

 逢魔が時、蜻蛉(トンボ)が飛び交う摩耶山上で神戸の灯りを見下ろしていると、軽い小さな何かがコツッと左腕に触れたような気がした。気がした、というぐらい小さな感触だった。

 それが時間とともにかゆみを帯び、翌朝には火照って赤く腫れ上がった。思えばドライブの道中、山道で働く人たちの姿を「真夏なのにずいぶん重装備だなあ」と感じていた。ロープウェイの出発時間まで、森の中を歩いてみようかと道を尋ねたら、「やめとき。厚着でないと、ブヨかマムシにやられるよ。服の上からでも噛むよ」といわれ、そそくさと諦めた。そいつが犯人だった。

 美しい水辺だけに棲息する、森の吸血鬼・蚋(ブヨ)。夕食前に出没し、キャンプ場では、おもに食事の支度中に襲われることが多いという。蚊より小さなハエ科で、被害にあった人の多くが「どうも、ブヨに噛まれたらしい」というように、なぜか姿はほとんど見えない。音もなく忍び寄り、噛まれてしばらくは自覚症状もない。血を「吸う」というより「皮膚を噛み切って」血を飲む。そこがだんだん腫れ上がり、日に日にイタがゆく赤くなり、やがて水ぶくれと瘡蓋(カサブタ)になる。スッとする系の清涼系かゆみ止めなどまったく効かず、初めて噛まれたショックか、発熱までした。

 森の吸血鬼は強烈だ。石鹸やお湯の刺激は避けるように、と薬局で教わり、抗生物質入りの塗り薬を薄く広く塗ってラップを巻き、保冷剤で冷やすこと数日。山男の作家が「ブヨに勝つには、何度も噛まれることだ」と書いていたが、噛まれて免疫ができてくるとだんだん腫れなくなるらしい。そういえば昔、タイのプーケット島で蚊に噛まれた部位が腫れ上がり、その夏中スカートをはけない悲惨な足になったことがあった。虫の免疫には国籍もあるのだろうか。

 皮膚が薄く、虫刺されには人一倍弱いので、虫除けスプレーは必需品だった。でも、やつはモノともしなかった。虫除けなどは効かない。やつらの天敵は蜻蛉だけ。あまりのくやしさに調べていたら、エアーサロンパスの匂いに滅法弱いことを発見した。
 次回の高原では、きっと試してみよう。

(了)
※文:真柴マキ(ウエルネスジャーナリスト)/2011年情報誌掲載


後日談コラム

吸血虫から身を守れ!


 ブヨに刺された跡はなかなか治りにくいので、早めに皮膚科かアレルギー科での受診をおすすめします。
 虫は人を襲うと、血を吸ったついでに毒成分や唾液成分を皮膚に注入します。
これが「腫れ」などのアレルギー反応を引き起こし、刺された経験がない人ほど、激しい症状が出るとか(ご高齢の方は蚊に刺されてもそうかゆくなくなるらしい)。
 刺された箇所は水で洗い流し、よく冷やして皮膚科へ……となる以前に、狙われない対策を。黒っぽい服装や帽子、薄着は虫の標的です。やつらが苦手なのは「明るい色の服」「ハーブの香り」そして「エアーサロンパス」。ハーブでは、特にハッカ(ペパーミント)に弱く、薬局で市販されているハッカ水をアルコールと水で割って、蚋よけスプレーを手作りしているキャンパーも多いそうな。
 ちなみに、台湾の薬局で購入した虫除けスプレーは、キョーレツなハッカの香りでした。ただ、キョーレツ過ぎて人も寄せ付けないほど!匂いでの撃退には、人への気配りも大切です。

(了)
※文:真柴マキ(ウエルネスジャーナリスト)/2011年情報誌掲載